会社辞めたい。→辞めた。既婚30代ローン有り、子持ちの場合

辞めるには危険な時期。30代既婚、住宅ローン有り、子持ちの状態でサラリーマンを辞めるまでの道のり。

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センスや才能は努力でひっくり返せるか。後編

   

努力は必ずしも報われない、努力できる事自体に才能が必要、無駄な努力など無いは嘘。これらをひっくるめると救いがないような気がする。私自身もコレでは救いがないような気がする。

残念ながらコレは事実だ。15年以上サラリーマンとして働いてきて痛感している。

このページを読む人は何を感じているだろう。共感か反感か理解不能か。

ここまで結構ネガティブな事を書いているので「こんなことを書いている奴はさぞかし苦労してきたんだろうな」という印象があるだろう。しかしながら実はサラリーマンとしては思わぬ方向に評価が転がって同期、同年代ではトップの出世を果たしている。誤解しないで欲しいが自慢ではない結果的に会社を辞めたい・・・となっているわけだから。ある意味負けだ。

そもそも身の丈に合わない高評価のおかげで、社内でも実力1,2位を争う人間が選出されるプロジェクトに参加させられてしまうという事になった。それが自分を見つめなおす良いキッカケになって会社を辞めようという思いに至ったのだから。

私自身の自己評価は「努力の継続はそれなりに出来る」、「正しい方向の努力は苦手だが修正はかろうじてできる」、「無駄な努力をしこたましてしまう」。努力に関してはこんな評価だ。

後はセンスや才能に関してだが「センスがある。才能がある。」という漠然とした表現では「サラリーマンとしてどのように仕事ができるのか?」と直結させて考えるのは難しいかも知れないが、こんな物差しでセンスや才能というものを測って欲しい。

私はこう思っている。指示や教育に対して理解度が高く物覚えがいい、短時間での状況把握能力が高い、初めて行う作業が早いなど「同じ条件で仕事を任された時の達成時間や達成品質が高い」ということだ。この能力が高い人達は概ねセンスがある、才能があると評価される。

その物差しで測ると私は10段階中4くらいかと思う。壊滅的に悪くはないが大量に時間をかければなんとか人並み以上には持っていける。そんなレベルだと思ってほしい。

さて、思い返してほしい。今のところ「継続した努力が出来る」という部分はプラスだが「正しい方向の努力が苦手・無駄な努力を大量にしてしまう・センスは10段階中4くらい!?」みたいな奴が会社で実力1桁みたいな話になるだろうか。(詳細は書かないが1000人以上の規模の会社。部、課によって仕事が違うので何を持ってして実力にナンバリングできるのか不明だが)

話を戻そう。

最初にいいことを書いてしまうとセンスのない部分は人並み以上に見えるように努力したから。コレは案外ひねりがなくて普通の部分。だが社会人になって課せられた自分の仕事以外で更に勉強する人間は自分の周りにはほとんど居ないように思えた。この行為は単純だがかなりプラスに働いたのではないかと思っている。

最大の要因は・・・「自分の土俵でしか戦わなかったからだ」

それはもう徹底的に仕事の内容を掛けないので具体的な事が書けないので伝わりにくいとは思う。自分はセンスはなかった。しかし才能のうちに入るのかわからないが「奇抜な発想」という武器を持っていた。ただコレが自分の才能だとしたらかなり使い勝手が悪い。ヘタしたら悪手を打つ可能性もある。チェンジ!と言いたい。

「奇抜である」ので「一般的には出て来ない」ような発想ではあるが悪手である可能性もあるし有用であるかどうかは正直わからないからだ。普通の人から見ると無駄な努力、意味の分からない行動もあったかと思う。しかし自分は(無駄な努力を含む)努力をするという行為だけは出来たので「奇抜な発想、案、仕事の方法」が有用であるための検証をしっかり行った。それはもうコツコツと。

その工程の中でそれは無駄な努力、無駄な時間がどれだけあったかは自分で把握しきれないほどだ。しかし有用性を見いだせたものも少なくなかった。積み重ねていくうちに発言や行動、仕事に上司の目が集まり評価に繋がった。

「奇抜な発想」なかったら詰みじゃん。とか思わないで欲しい。

才能やセンスが全方位どこを見渡しても皆無な人間が居るのだろうか?わからないが私は居ないのではないかと思う。

奇抜な発想が自分の武器だと気がついたのは色々な人にそう言われたからで自分では全く気が付かなかった。言われなければ今でも気がついていないだろう。

センスも才能も無い。自分には良いところが一つも無いんだと信じて疑わない人がもし居るのなら思い返してほしい。他の人から言われたことで自分の武器になるものがないか?そして探す努力をしてほしい。色々なことにチャレンジする事によって見えてくるセンスや才能も有ると思う。見つけたら徹底的に自分の土俵で戦う事を覚えてほしい。

そして例え「正しい方向へ努力する」事が出来なくても修正が出来れば良いし、「努力の継続」も自己鍛錬でコントロールできる数少ないことである。

そう。正しい方向への修正と努力の継続は自分次第、自己鍛錬で今出来なくても出来るように転換することが可能なのだから。

そのために無駄な努力というやつを積み上げることになっても気にしないことだ。人間には出来ることと出来ないことがある。才能やセンスがある、いわゆる天才には勝てない部分も多いだろう。

そもそも何故勝てない部分で戦わなければいけないのか?戦う必要性がない。しっぽを巻いて逃げればいい。そんな戦いはボイコット。放棄だ。勝つ必要が無い。そう思わないだろうか?自分の土俵に引きこんで打ち負かしてやればいいのだ。

その為には自分の才能を見つけて、活かす努力をすることだ。努力の継続や方向修正はなんとか出来る類。ある程度そのスタイルを確立できると感じたら徹底的に自分の土俵だけで戦うのだ。起業するにしてもサラリーマンするにしても、それは通用すると確信している。目指すは特化型戦士。

最後になぜコレほどまでに「自分の土俵」推しなのかという部分を蛇足編として書こうかと思う。

 - センス、才能、努力議論