会社辞めたい。→辞めた。既婚30代ローン有り、子持ちの場合

辞めるには危険な時期。30代既婚、住宅ローン有り、子持ちの状態でサラリーマンを辞めるまでの道のり。

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センスや才能を努力でひっくり返せるか。蛇足偏~自分の土俵で戦うべし。

   

まずは「自分の土俵」を確立することが最優先。苦労するかもしれないが見つけて努力を重ねて確実に物にしてほしい。そのために無駄な努力が発生したとしても決して諦めないことだ。凡人とは無駄な努力をしてしまうものだ。最初から最大効率の「正しい方向の努力」が出来れば苦労しないのだから。

逃げ腰な考えかもしれないが、「自分の土俵で戦えるシーン」は良く把握しておいたほうがいい。それ以外のシーンでは自分の土俵では戦えずに実力が発揮できない可能性が高い。

何故こんなことを書くかというと、まさに私自身がそのシーンを謝って選択してしまったために苦境に立たされたからだ。訂正。これを書いている今現在苦境に立たされているからだ。

才能のある、センスの有る、いわゆる天才と言われる人種は「決まったルール」の中で戦うことを非常に得意としている。同じ情報(資料)、同じ時間、同じ仕事道具(ソフトなど)、同じ作業環境を提供される。そして同時に作業を開始したとしても異常に達成率や作業効率がいい。羨ましい限りだ。

その方法を真似して繰り返し練習することで近い作業効率を生み出す事は可能だが、それは通常業務の中で時間をかければ達成できる領域だ。いわゆる準備期間が限られている突発的なプレゼンや「試験、テスト、競技」などでは通用しない。そしてセンスや才能のある人間はそれらにめっぽう強い人種が多い。もちろんセンス、才能の方向性もあるので「傾向が強い」とだけ書いておく。

要は限られた条件、ルールが設けられている場合、達成するべき目標や目的が単純明快で時間が短時間で限られているような場合(試験、競技など)。これらの状況下で私達凡人は「勝負することや自分の可能性にかけることは控えたほうがいい。」かなり後ろ向き思想に感じるかもしれないが、実際に人間に向き不向きは有るのだ。

準備期間が充分あるような筆記試験や等は「努力を継続してできる」ことができる私は比較的強かった。しかしながら突発的な応用が求められる実技試験のようなものは努力をしても人並み程度が上限だった。マルチタスク思考も苦手で複数の情報から最良を選んで瞬時に判断するということも苦手だ。

おそらく社会人となって数年も会社勤めしていれば「自分がどんな人間なのか」客観視してみれば出来ること・出来ないこと、向き・不向きがある程度分析できていると思う。

これを読んでいる人はどう感じるだろうか?心当たりが有るのではないだろうか。あなたは凡人か天才か。

自分を天才である。才能がある。センスがある。まだ開花していないだけだ。と努力の方向性を修正しないようなことが無いだろうか。

凡人は「己を知ることで初めて能力を最大限に活かすことが出来る」。現在私が知ることができている、確信していることだ。自己分析をして受け入れることから始め、今まで人に指摘されたことを思い出し、または率直に聞いてみるのも良い。

私は自分自身を把握しきれていなかった。他人の評価など気にしていないつもりだったが身の丈に合わない高い評価で勘違いしていたのかもしれない。知ったつもりになっていた愚か者だ。だから高い評価を受けていたにも関わらず間違えた選択をしてしまった。完全に「自分の土俵」以外での勝負に挑んでしまった馬鹿野郎なのだ。

客観評価も大事だが自己分析で得ていた情報を客観評価で勝手にひっくり返してしまったのだ。最初はプロジェクト参加を拒否していた。自分はそんな人間ではない。そういったプロジェクトは苦手分野であるし求められた結果もきっと残せないと。しかしながら無様にも説得されてしまい、あまつさえ「出来るかも」などと愚かなことを考えてしまった。

不覚にも土俵から出てしまったのだ。

相撲を取る時に最初から土俵外。リングアウト。勝てるはずがない。試合にもならないのだ。最初から負けているのだから。

自分はここまで来てしまったのだから逃げることはしない。精神的にヤバイ状態なのも自覚はしているが。土俵外での成果を強要された場合に自分がどこまで戦えるのかを試す。という人生をかけた実験だと思って全力で頑張ることにしている。凡人の努力が天才たちの立つ舞台でどれだけ結果を残せるのか、はたまたどれだけ無様に散るのか。

数カ月後には結果を書くことが出来ると思う。

これを読む人には出来るならこんな思いはしてほしくない。ということで後ろ向き思想では有るかもしれないが「自分の土俵で戦う」ということをテーマに書かせてもらった。

 - センス、才能、努力議論